日本の女性は、子どもを産まなくなった。
女性が平均二名の子どもを出産し、再生産可能な年齢まで育てば、定常的な人口を維持できる。
しかし、厚生省を震撼させた人口統計によれば、女性の平均出産数(合計特殊出生率)は、一九九二年から一・五名未満になった。
そのうえ、結婚しない女性が増加しつつあるため、当分のあいだ、出生数が増加する見込みはないそうである。
他方、もともと男のほうが女より多く生まれるのに、男性の結婚願望は衰えない。
結婚したくてもできない男性が増えつつある。
日本人女性が産む子どもの数が低下するかたわら、在日外国人女性の出産数は相対的に高い。
国際結婚による第二世代の出生率統計は公表されていない。
私的な推測にすぎない、が外国人女性の平均出産数は二名をこえているものと思われる。
滞日外国人の人権に関心を持っていると聞いて私に相談にくる超過滞在の女性の場合、日本人男性とのあいだに、たいてい一人または二人の子どもを出産している。
その多くは婚姻届を出していない男女間の出生であるため、子どもたちは嫡出子として扱われないだけではない。
親子が日本国内で暮らしていること自体が、人管法違反である。
そのため、居住地での外国人登録もしていない。
母子手帳も交付されず、婚外子としての出生届も出せない。
たいていの父親は、実子として認知しない。
隠れて暮らしている事情から、国勢調査にも記録されない。
一九九一年夏、東京の芸能ブローカーによって旅券を取り上げられ、返してもらえず困っているフィリピン女性が龍谷大学の研究室に来訪した。
彼女は妊娠八ヵ月であった。
出産前に父親の認知が得られると、簡易帰化手続きで済み、子どもの日本国籍取得が容易である。
胎児の父親にも何度か会って説得した。
しかし、外国人登録もしていない母親の超過滞在が障害になって、手続きが間に合わなかった。
K弁護士を通じて、急いで芸能ブローカーから旅券を返してもらうように頼んだ。
しかし興行ビザで入国したのに契約途中で他の職場に移ったことが来日時の借金の返済が終わっていない、とかの理由をつけて返してくれない。
喉頭癌の手術を受ける前も後も、その問題が気がかりだった。
案の定、私の入院中に、女児を出産したとの知らせを受けた。
しかし、出産にともなう医療費を支払えないので。
産院から退院することもできない状態だという。
私自身の入院費用は社会保険の高額医療費補助が適用されるので、彼女の出産費用と住むアパートの礼金とを立て替えることにした。
退院したあと、最初に京都の町から外出したのは、八月一四日にフィリピン総領事館のある神戸へ赴くことだった。
外交ルートを通じて、彼女のパスポートを取り戻してもらうよう、お願いするためである。
旧知の領事が「東京の大使館に連絡して手配しましょう」、と引き受けてくれた。
その後、旅券は戻ってこなくても、領事館で新しい旅券を発給してもらえるというので、早速、市役所へ行き、外国人登録を済ませた。
しかしながら、出産後の彼女と嬰児が、日本社会で市民生活を営めるようになるまでに、今からこえなければならない障害物は多い。
たとえ日本人の父親に認知されなくても、生まれた子どもたちは日本語を話し、日本文化のなかで育つ。
にもかかわらず、日本には存在しないことになっている、日本人の子どもたちである。
長野県におけるこのような乳幼児の事例については、S新聞が「さ迷う子どもたち」という題の連載記事で詳しく報道し、後に書物として刊行された。
お隣の中国では、子どもが産まれすぎて困っている。
農村地方を旅行すると、「女の児を捨てないように、殺さないように」と呼び掛けている、土塀のポスターや壁に描かれた絵が目につく。
農村で女児が捨てられるのは、[一人っ子政策]の結果である。
家族労働力が重要な役割を果たす農業では、男性労働力の有用性か高いとみなされる。
男女の比率が壊れ、自然な性比以上に、男の比率が著しく高くなっている。
一九九〇年に実施された人口調査によると、中国の人口は、世界の総人口の二割をこえる一億三億人である。
「一人っ子政策」にもかかわらず、毎年約一六〇〇万人の人口が確実に増えている。
これは東京都やオーストラリアの人口に匹敵する。
そればかりではない。
中国にも、行政機関が認知しない『さ迷える子どもたち』が存在する。
「一人っ子政策」に違反して産まれた、『くらやみの子どもたち』である。
一九八二年から九〇年までの八年間に、約一五〇〇万人が誕生したとみられている。
日本の「さ迷える子どもたち」と同じように、中国の「くらやみの子どもたち」の前途には多くの困難が待ち受けている。
いうまでもなく、生まれた子どもたちに責任はない。
彼らをさ迷わせ、くらやみに置いている行政制度の責任である。
日本政府は、出生率を高める政策に力を入れている。
中国政府は、出生率を低下させる政策に力を入れている。
しかし、私見では、公権力が生まれる子どもの数を決めようとするところに無理がある。
政府が一組の男女に、もっと産みなさいと奨励しても産んではいけないと抑制しても、社会にひずみを作るだけである。
適正な人口規模を決める単位は、国家でも家族でもなく、生活の本拠をともにする地域の社会関係である。
日本でも中国でも地域社会の解体が、今日の困難な人口問題の原因である。
人口問題の長期的な解決のためには、地域が生活の本拠として自立し、再建されなければならないであろう。
短期的には、過少出産の日本やヨーロッパが、アジア諸地域で過剰に生まれた子どもを引き取り、養育する制度を拡充すべきであろう。
しかし、現実には日本から外国の養父母に引きとられてゆく数のほうが海外から引き取る子ども人口よりも多い。
平和維持活動(PKO)の担い手平和維持活動(PKO)とか平和維持軍(PKF)という言葉を耳にするたびに、脳裏に浮かぶ光景がある。
一九八九年九月に、スリランカ北端の都市ジャフナの街を歩いた。
昼下がりのことである。
インド平和維持軍の管理下にあるため市内各所にPKOやPKFの看板があり、ネパール兵の歩哨が立っていた。
市役所、警察署、学校などの公官庁は、すべて閉鎖されていた。
電力供給は停止され、電話も軍事用以外は使用不可能であった。
ジャフナ大学の友人に会ったあと、私は戦後復興計画の話を聞こうと、官選の県知事私邸を探した。
声帯が動かず、声にならない声でたずねる私に、「この街では、口は食べるためだけにあります。
話すためには使いません」と答えた商店主の顔が忘れられない。
返す一言葉もなく私は宿舎に戻った。
あとで友人が案内してくれた県知事宅は、その商店の近くにあった。
「一九八三年以来、前任者が四代続けて任期終了前に暗殺されました」と話す知事も、死を覚悟して赴任したそうである。
外国から派兵された平和維持軍のもとに、平和はない。
一九八三年七月、タミル人(少数民族)居住地区がシンハラ人(多数民族)暴徒の焼き打ちにあって以来、分離独立を要求するタミル解放戦線の諸党派が、武装闘争を拡大した。
シンハラ人が志願する政府軍と、タミル人が志願する解放戦線軍との内戦が長期化し、双方が輸入する武器も高度になった。
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